幕末の風雲児、高杉晋作。
奇兵隊を創設し、維新の原動力となった彼ですが、その最期は結核という病との戦いでした。
下関市桜山町にある「高杉晋作療養の地」。
ここは、日本の夜明けを見ることなく駆け抜けた英雄が、短い生涯の最後を静かに過ごした場所です。
今回は、激動の時代を戦い抜き、この地で休息をとった晋作の最期の日々をご紹介します。
🤧 戦いの中での発病、そして療養へ
物語は、慶応2年(1866年)6月に始まった四境戦争(第二次長州征伐)の頃にさかのぼります。
晋作は奇兵隊などの諸隊を率いて、圧倒的な兵力差のある幕府軍を小倉口で見事に撃退しました。
しかし、華々しい戦果の裏で、彼の体はすでに病魔に冒されていました。
同年9月、晋作は突然多量の喀血(吐血)に見舞われます。
無理を押して戦場に立っていましたが、ついに10月には職を解かれ、療養に専念せざるを得なくなりました。
🏚️ 小さな家で過ごした穏やかな時間
病状が進行した晋作は、それまで滞在していた白石邸から、桜山神社の近くに小さな家を建てて移り住みました。
ここでの生活を支えたのは、二人の女性でした。
一人は勤皇の志士たちを母のように支えた尼僧・野村望東尼(のむらぼうとうに)、そしてもう一人は晋作の愛人であったおうのです。
彼女たちの献身的な看病を受けながら、晋作はこの小さな家を**「東行庵(とうぎょうあん)」とも「捫蝨処(もんしつしょ)」**とも称して過ごしたと言われています。
激動の人生の中で、つかの間の静寂がここにはあったのかもしれません。
ℹ️ 基本情報&アクセス
維新の英傑が最期の時を過ごした場所。
近くには奇兵隊士の霊を祀る「桜山神社」もありますので、あわせて訪れてみてはいかがでしょうか。
| 項目 | 内容 |
| スポット名 | 高杉晋作療養の地 |
| 所在地 | 下関市桜山町 |
| お問い合わせ | 083-231-1350(下関市観光振興課) |
🚗 アクセス
- 【バス】
- JR「下関駅」から高尾線バスで約4分、「厳島神社前」下車、徒歩3分
💖 まとめ
幕府軍を撃退した英雄が、病と闘いながら静かに過ごした療養の地。
下関の街角に残る史跡の前に立つと、若くして散った高杉晋作の無念と、彼を支えた人々の温かさが伝わってくるようです。
歴史ファンの方は、ぜひ桜山エリアを散策して、維新の息吹を感じてみてください。