仲哀天皇9年、神功皇后が三韓を攻め、凱旋して筑前国宇美にて皇子(後の応神天皇)を御出産。 翌年、穴戸(長門)の豊浦宮に向かう途中 鷹尾(高尾)山にさしかかると、皇子は山頂の大石を見るやその上に初めてお立ちになり、長浜や文字ヶ関(門司)から遥かに穴戸の方角を望み、「穴戸は近し」と言われたと伝わります。
敏達天皇12年、勅命によってこの故事に基づき、鷹尾山の麓、朝倉谷において応神天皇、神功皇后、仲哀天皇を祀り、葛城小藤丸をして祭祀に当たらせました。「篠崎神社」の創建です。
時は移り今日に至るまで宮司家は59代をかぞえ、「篠崎八幡神社」の境内を荘厳で美しい神域となるよう研鑚を重ねてまいりました。 先人たちの偉業を鑑み、さらに尊崇あつい「篠崎八幡神社」を体現すべくその意志は今も尚、脈々と受け継がれているのです。
アクセス情報
所在地:〒803-0861 福岡県北九州市小倉北区篠崎1丁目7−1