その名に「笑」を持つ、長府毛利家の聖地。

功山寺からほど近い川端エリアに、静寂に包まれた禅寺があります。その名は「笑山寺(しょうざんじ)」。

長府藩の初代藩主・毛利秀元が創建し、父と母への想いが込められたこの寺は、長府毛利家の菩提寺の一つとして、長い歴史を刻んできました。

境内には県内でも珍しい貴重な石塔や、歴代藩主の墓所があり、城下町・長府の歴史の深さを静かに物語っています。


1. 「母」と「父」の名を刻んだ寺の歴史

このお寺の成り立ちは、初代藩主・毛利秀元の「家族への想い」と深く結びついています。

  • 母への想い(妙寿寺時代):当初、秀元は亀ノ甲(現在の長府亀の甲)にあった廃寺をこの地に移し、実母の位牌を安置しました。その際、母の法名にちなんで**「妙寿寺(みょうじゅじ)」**と名付けました。
  • 父への想い(笑山寺へ改称):秀元の没後、第2代藩主・光広の時代(1652年)になると、秀元の父である穂田元清(ほだ もときよ)の位牌を功山寺からここへ移しました。その際、父の法名「洞霊寺笑山常快」にちなみ、現在の**「笑山寺」**へと改称されました。

2. 必見!鎌倉時代の「十三重石塔」

笑山寺の境内左奥には、歴史ファン必見の文化財がひっそりと佇んでいます。

  • 十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう):高さ3.28メートルにも及ぶ立派な石塔です。これは鎌倉時代後期に作られたもので、その特徴を色濃く残しています。山口県内でもこれほど立派で保存状態の良いものは珍しく、静かな境内で圧倒的な存在感を放っています。
  • 歴代藩主の墓所:同じく境内の奥には、寺を改称した第2代藩主・毛利光広と、第7代藩主・師就(もろたか)の墓所があり、長府藩の歴史を今に伝えています。

Editor’s Note: 功山寺との「静と動」

高杉晋作の挙兵で有名な「功山寺」は観光客で賑わいますが、すぐ近くにあるこの「笑山寺」は訪れる人も少なく、非常に静かです。

2つの寺はどちらも毛利家の菩提寺。功山寺の「動」と笑山寺の「静」。両方を参拝することで、長府の空気感をより深く味わうことができます。


基本情報 (Access & Info)

項目詳細
寺院名笑山寺(しょうざんじ)
住所山口県下関市長府川端2丁目4-1
拝観境内自由
宗派曹洞宗
アクセスJR「下関駅」からバス約23分、「城下町長府」下車、徒歩約10分
駐車場あり(参拝者用・数台)
お問い合わせ083-245-1012

よくある質問 (FAQ)

Q. 十三重石塔はどこにありますか?

本堂に向かって左手の奥、墓地へと続くエリアにあります。歴代藩主の墓所の近くに立っています。

Q. 「笑山寺」という名前の由来は?

初代藩主・毛利秀元の父(穂田元清)の法名「洞霊寺笑山常快」から2文字をとって名付けられました。「笑う山」と書く、縁起の良い美しい名前です。

Q. 功山寺から歩いて行けますか?

はい、功山寺からは徒歩5分以内の距離です。功山寺の総門を出て川沿い(壇具川・長府川方面)へ少し歩くと到着します。長府散策コースとしてセットで回るのがおすすめです。


【まとめ】

母を想い、父を敬う。武家社会の家族の絆が、この静寂な空間を作り上げました。

鎌倉時代の石塔を眺めながら、風の音しか聞こえない境内で、心穏やかなひとときを過ごしてみてはいかが・でしょうか。

功山寺のすぐそば、知る人ぞ知る名刹へぜひ。

By kyushutv

九州のイベント•地域情報をお伝えするWebメディア「九州TV」です。