新幹線の停車駅でもある「新下関駅」。

近代的な駅の周辺に、戦国時代を代表する智将・**毛利元就(もうりもとなり)**ゆかりの寺院がひっそりと佇んでいるのをご存知ですか?

駅から徒歩わずか7分の場所にある「普賢寺(ふげんじ)」。

ここは、元就を支えた継室(後妻)・**乃美大方(のみのおおかた)**の菩提寺として、長府毛利家のルーツを今に伝える場所です。

今回は、駅からのお散歩コースにもぴったりな、戦国の女性の歴史を巡る旅へご案内します。


👘 毛利家を支えた女性「乃美大方」とは?

乃美大方は、毛利元就の正室・妙玖(みょうきゅう)が亡くなった後、小早川家臣の乃美氏から継室として嫁いだ女性です。

彼女は元就との間に、四男・元清、七男・元政、九男・秀包という3人の男の子をもうけました。

長府藩祖・毛利秀元の「おばあちゃん」

特に重要なのが、四男の**元清(もときよ)です。

彼は、後に長府藩の初代藩主となる毛利秀元(ひでもと)**の父にあたります。

つまり、乃美大方は長府藩祖・秀元にとっての祖母。このお寺は、長府毛利家の始まりに深く関わる、とても大切な場所なのです。


🪦 2つの場所に眠る魂。「灰塚」の秘密

普賢寺は、慶長6年(1601年)に下関市秋根で亡くなった乃美大方を弔うために建立されました。

功山寺と普賢寺の関係

歴史ファンなら「毛利家の墓所といえば長府の功山寺では?」と思うかもしれません。

確かに、乃美大方の本墓は長府の功山寺にあります。

しかし、ここ普賢寺の道路を隔てた東側墓地には、彼女の**「灰塚(はいづか)」**が残されているのです。

華やかな功山寺とは対照的に、静かに彼女を偲ぶことができるもう一つの聖地。

両方を訪れることで、彼女の生涯により深く触れることができるでしょう。


ℹ️ 基本情報&アクセス

新幹線の待ち時間や、新下関エリアの散策ついでに気軽に立ち寄れます。

項目内容
スポット名普賢寺(ふげんじ)
所在地下関市秋根本町 1-2-8
由緒乃美大方(毛利元就継室)の菩提寺
お問い合わせ083-256-2956

🚗 アクセス

  • 【徒歩】
    • JR「新下関駅」から徒歩7分

💖 まとめ

戦国の世を生き、毛利家を支えた女性、乃美大方。

新下関の街角に残る「普賢寺」は、そんな彼女の想いが静かに眠る場所です。

駅から歩いて行ける歴史散策。

少し時間をとって、戦国ロマンの余韻に浸ってみませんか?

By kyushutv

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