What’s Going On
マーヴィン・ゲイ
数字とビジュアルで読み解く、1971年の名盤
はじめに
マーヴィン・ゲイが1971年に放った画期的なアルバム『What’s Going On』。このインフォグラフィックでは、その音楽的達成、文化的影響、そして色褪せない魅力を、様々な角度から紐解いていきます。当時の音楽シーンを振り返りつつ、現代のリスナーにも響く普遍的な価値を探ります。さあ、この名盤の深層へと一緒に旅立ちましょう。
リリースと評価:伝説の誕生
モータウンとの対立と芸術的勝利
当初、モータウン社長ベリー・ゴーディJr.は、シングル「What’s Going On」の政治的メッセージと非商業的サウンドを「これまで聴いた中で最悪の曲」と酷評し、リリースを拒否。しかしマーヴィンは「この曲を出さないなら、二度とレコーディングはしない」と宣言し、自らの芸術的信念を貫きました。結果、シングルは空前の大ヒットを記録し、アルバム制作への道が開かれました。これはアーティストがプロダクションの主導権を握る、新たな時代の幕開けを象徴する出来事でした。
アルバムはビルボードR&Bチャートで9週連続1位、ポップチャートでも最高2位を記録。批評家からも絶賛され、ローリング・ストーン誌の「史上最高のアルバム500選」では2020年版で遂に1位に輝きました。アメリカ議会図書館の国家保存重要録音にも登録されています。
主な実績と文化的意義
アルバムコンセプトとテーマ
主要テーマとメッセージ
『What’s Going On』は、単なる楽曲集ではなく、一貫したテーマで結ばれたコンセプトアルバムです。当時のアメリカ社会が抱える深刻な問題に対し、マーヴィン・ゲイ自身の深い苦悩と祈りを通して向き合っています。
- 戦争と平和:ベトナム戦争の悲惨さと、平和への切実な願い。
- 社会正義:人種差別、貧困、社会的不平等への鋭い問題提起。
- 環境保護:公害や自然破壊への警鐘を鳴らす、先駆的なエコロジー意識。
- ドラッグ問題:ドラッグによる現実逃避とその虚しさ。
- 精神性と信仰:混乱した社会からの救済を、愛や信仰に求める姿勢。
- 人間愛と共感:他者、特に弱い立場の人々への温かい眼差し。
これらのテーマは、ソウル、ジャズ、ファンク、ゴスペル、クラシック音楽の要素を融合させた革新的なサウンドに乗せて、詩的かつ内省的に歌い上げられています。
音楽的特徴
- コンセプトアルバム:曲間がシームレスに繋がり、アルバム全体で一つの物語を形成。
- ジャンルの融合:ソウルを基盤にジャズ、ファンク、ゴスペル、クラシックの要素を巧みに導入。
- 多重録音の駆使:マーヴィン自身の声を幾重にも重ね、深みと広がりを創出。
全曲レビュー:魂の叫びと祈り
1. What’s Going On
アルバムの幕開けを飾る表題曲。ベトナム戦争や社会の混乱に対する素朴な疑問と平和への願いが、イーライ・フォンテーヌの印象的なサックスリフと共に歌われます。マーヴィンの柔らかく多層的なヴォーカルが、聴く者の心に優しく問いかけます。ジャズの影響を感じさせる洗練されたコード進行も特徴です。
YouTubeで聴く2. What’s Happening Brother
ベトナム帰還兵である弟フランキーの視点から、故郷の変貌と社会からの疎外感、再適応の困難さを歌います。マーヴィンの感情豊かなヴォーカルが、主人公の孤独と哀愁を切実に伝えます。ストリングスが効果的に用いられ、物語性を深めています。
YouTubeで聴く3. Flyin’ High (In the Friendly Sky)
ドラッグによる現実逃避とその先にある虚しさ、依存からの解放への渇望を描写。夢幻的で浮遊感のあるサウンドスケープ、フルートのソロ、マーヴィンのファルセットヴォイスが非現実的な雰囲気を醸し出します。メランコリックなメロディが胸を打ちます。
YouTubeで聴く4. Save the Children
未来を担う子供たちへの深い愛情と、彼らのためのより良い世界を願う真摯なメッセージが、スポークン・ワード(語り)と歌唱で表現されます。マーヴィンの優しい語り口と感動的なストリングスが印象的。未来への責任を大人たちに問いかけます。
YouTubeで聴く5. God Is Love
シンプルかつストレートな神への愛と信仰の表明。ゴスペル調の短い楽曲で、ピアノとオルガンを中心とした編成に乗せ、マーヴィンの力強く確信に満ちたヴォーカルとバッキングコーラスが神聖な雰囲気を高めます。アルバムの精神的な支柱となる一曲。
YouTubeで聴く6. Mercy Mercy Me (The Ecology)
環境破壊(大気汚染、海洋汚染など)への深い憂慮と警鐘を鳴らす、時代を先取りしたエコロジーソング。美しいメロディとは裏腹に深刻なメッセージが込められ、マーヴィン自身によるテナーサックスのソロもフィーチャーされています。
YouTubeで聴く7. Right On
アルバム最長の7分を超える大作で、ジャズやファンクの要素が色濃く反映されています。自己肯定、内なる強さの発見、精神的な探求といった複雑なテーマを扱い、フルートやコンガがラテンジャズ風の彩りを加えます。後半の即興的な演奏も聴きどころ。
YouTubeで聴く8. Wholy Holy
神聖な愛、信仰による魂の浄化と救済、全ての人々が一つになることへの祈りを込めた、荘厳でゴスペル色の濃いバラード。パイプオルガンのようなキーボードと壮大なストリングスが、マーヴィンの敬虔で力強いヴォーカルを包み込みます。
YouTubeで聴く9. Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)
都市ゲットーに生きる人々の絶望、怒り、経済的困窮、社会への不満を、ブルージーかつファンキーなサウンドに乗せて力強く歌い上げます。ジェームス・ジェマーソンの不穏なベースラインとマーヴィンの切実なヴォーカルが、社会の矛盾を告発します。
YouTubeで聴くサウンドプロダクション:革新と調和
スタジオ技術と音楽的アプローチ
『What’s Going On』のサウンドは、マーヴィン・ゲイ自身のプロデュースのもと、従来のモータウンサウンドとは一線を画す、独創的で深遠な音世界を構築しています。
マーヴィン・ゲイのヴォーカル表現
囁くようなファルセット、メロウで内省的なトーン、そして自身で幾重にも重ねたバッキングヴォーカル(多重録音)を駆使。これにより、楽曲に夢幻的でパーソナルな雰囲気を与え、歌詞のテーマをより親密に伝えています。
ザ・ファンク・ブラザーズとデヴィッド・ヴァン・デ・ピッテ
モータウンのハウスバンド「ザ・ファンク・ブラザーズ」の卓越した演奏、特にジェームス・ジェマーソンの独創的でメロディアスなベースラインはサウンドの核です。アレンジャーのデヴィッド・ヴァン・デ・ピッテによる流麗でクラシカルなストリングスとホーンの編曲も、アルバムの芸術性を高める上で不可欠でした。
プロダクションと多重録音
マーヴィンはヴォーカルの多重録音を駆使し、自身の声でハーモニーや対旋律を構築。リバーブやエコーを効果的に使用し、アルバム全体の浮遊感のある独特の音響空間を生み出しました。
「デトロイト・ミックス」との比較
制作初期の「デトロイト・ミックス」は、より生々しくパーカッシブでドライなサウンドが特徴です。マーヴィンはこれに満足せず、ロサンゼルスで追加録音とリミックスを施し、より滑らかで洗練された最終的なオリジナル・ミックスを完成させました。この過程は彼の音楽的探求心を示しています。
アートワーク分析:雨中の肖像

アルバム『What’s Going On』のジャケットは、デトロイトの自宅裏庭で雨の日に撮影。トレンチコートを着て物憂げな表情のマーヴィン・ゲイ。湿った空気感、抑えられた色調が、その音楽世界を視覚的に凝縮した、示唆に富むデザインです。雨は涙や社会の混乱、あるいは浄化を、彼の表情は深い思索や懸念を象徴していると解釈できます。このアートワークは、アルバム全体のテーマと深く共鳴しています。
よくある質問 (FAQ)
アルバムのタイトル「What’s Going On」の正確な意味は?
直訳すると「何が起こっているんだ?」となります。これは単なる疑問ではなく、ベトナム戦争、社会の混乱、人々の苦しみなど、当時の世の中の状況に対する深い憂慮、困惑、そして「どうしてこんなことになっているんだ?」という切実な問いかけを含んでいます。同時に、人々に現状への関心を促し、対話を呼びかけるニュアンスも込められています。
なぜこのアルバムはそれほど重要視されるのですか?
1. 社会的メッセージ性: アフリカ系アメリカ人アーティストが自身の視点から大胆に社会問題を歌った画期的な作品。 2. 音楽的革新性: ソウル、ジャズ、ファンク等を融合させた洗練されたサウンドとコンセプトアルバムとしての構成。 3. マーヴィン・ゲイの芸術的頂点: 一人の成熟したアーティストとしての彼を確立した作品。 4. 普遍性と今日性: 歌われるテーマが現代社会でも重要な意味を持つこと。
マーヴィン・ゲイはこのアルバムで何を目指したのですか?
自身の内なる思いや社会への問題意識を正直に表現すること。弟の体験を通じた戦争の悲惨さ、社会の不正や環境破壊への憂いを音楽で伝え、人々の愛と理解の重要性を訴えました。
録音に参加した主なミュージシャンは誰ですか?
モータウンの伝説的スタジオミュージシャン集団「ザ・ファンク・ブラザーズ」が中心。特にジェームス・ジェマーソン(ベース)の貢献は大きい。編曲家デヴィッド・ヴァン・デ・ピッテも重要です。
このアルバムに関連する他のマーヴィン・ゲイの作品はありますか?
『Trouble Man』(1972)は音楽的探求の延長線上にあり、『Let’s Get It On』(1973)は本作で得た音楽的自由度が活かされています。各種デラックス・エディションも理解を助けます。
トリビア:名盤を巡る逸話
知られざるエピソード
- タイトル曲「What’s Going On」の着想は、フォー・トップスのオビー・ベンソンがサンフランシスコで目撃した警察によるデモ隊への暴力事件がきっかけでした。
- 伝説のベーシスト、ジェームス・ジェマーソンは、タイトル曲のセッションに酔って遅刻し、床に寝そべったままあの有名なベースラインを弾いたと伝えられています。
- タイトル曲の印象的なサックスソロを吹いたイーライ・フォンテーヌは、本来そのセッションに呼ばれていたわけではなく、偶然スタジオに居合わせたところをマーヴィンに促されて演奏しました。
- モータウン社長ベリー・ゴーディJr.は、当初「What’s Going On」を「これまで聴いた中で最悪の曲」と酷評し、シングルとしてのリリースを頑なに拒みました。
- アルバムの曲順は慎重に練られ、戦争帰還兵の視点から始まり、ドラッグ、子供たちの未来、環境問題、内面の葛藤を経て、精神的救済へと繋がる物語性を持っています。
- 「Mercy Mercy Me (The Ecology)」は、1971年という早い段階で水銀、石油、放射能による汚染など具体的な環境問題を歌詞に取り入れた、極めて先進的な楽曲でした。
- 1972年にワシントンD.C.のケネディ・センターで行われたライブは、アルバムの世界観を見事に再現した伝説的なパフォーマンスとして知られ、後にライブ盤としてリリースされました。
後世への影響と評価
『What’s Going On』は、リリースから年月を経た今もなお、音楽シーンにおけるその重要性を失っていません。後続の多くのアーティストに影響を与え、リスナーにとっては時代を超える普遍的な作品として愛され続けています。ここでは、その批評的評価の変遷と、音楽史における位置付けを概観します。
アルバム基本情報
アルバムタイトル | What’s Going On |
アーティスト名 | マーヴィン・ゲイ |
リリース日 | 1971-05-21 |
ジャンル | ソウル, R&B, ファンク, ジャズ |
レーベル | Tamla/Motown |
プロデューサー | マーヴィン・ゲイ |
収録曲 (9曲) | |
1. What’s Going On | |
2. What’s Happening Brother | |
3. Flyin’ High (In the Friendly Sky) | |
4. Save the Children | |
5. God Is Love | |
6. Mercy Mercy Me (The Ecology) | |
7. Right On | |
8. Wholy Holy | |
9. Inner City Blues (Make Me Wanna Holler) |
このアルバムがあなたに語りかけるもの
『What’s Going On』は、単に優れた音楽アルバムであるだけでなく、聴く者の心に深く刻まれる力を持った作品です。その革新的なサウンド、普遍的なテーマ性、そして感情を揺さぶるメロディは、時代や世代を超えて多くの人々に愛され続けるでしょう。
リアルタイムで体験した世代の方々にとっては懐かしい記憶を呼び覚まし、新たな世代のリスナーにとっては新鮮な発見とインスピレーションの源となるはずです。このインフォグラフィックを通じて、『What’s Going On』の多面的な魅力が少しでも伝わったのであれば幸いです。
ぜひ、あなた自身の耳で、この名盤の世界をじっくりと味わってみてください。