福岡市東区の志賀島、潮見公園から志賀海神社へと続く道の途中に、「火焔塚」と呼ばれる史跡があります。
一見、ただの塚のように見えますが、そこには、1281年(弘安4年)の元寇(弘安の役)の際に、日本の僧侶たちが国を守るために祈りを捧げた歴史が刻まれています。
火焔塚の由来
弘安の役の際、博多湾には、元・高麗の連合軍による大船団が迫っていました。日本は、未曾有の国難に直面していたのです。
その時、高野山の僧侶の一行が、志賀島に渡り、護摩を焚いて戦勝祈願を行いました。彼らは、国の平和と人々の安全を願い、一心に不動明王に祈りを捧げたのです。
護摩の火は、夜空を赤く染め上げ、遠く博多湾からも見えたと言われています。その光景は、戦場に赴く武士たちの士気を高め、人々に希望を与えたことでしょう。
僧侶たちが祈祷を終え、島を離れる際、不動明王の火焔形をこの地に留めたと伝えられています。これが、「火焔塚」と呼ばれるようになった所以です。
火焔塚の見どころ
- 静寂の空間: 火焔塚は、木々に囲まれた静かな場所にあり、当時の僧侶たちの祈りの場であったことを偲ばせます。
- 歴史の重み: 塚自体は小規模ですが、そこには、国難に立ち向かった人々の強い意志と、平和への願いが込められています。
火焔塚へのアクセス
- 場所: 潮見公園から志賀海神社へ向かう途中に案内板があります。
- 注意点: 案内板はあるものの、道が整備されていない箇所もあるため、足元には注意が必要です。
火焔塚周辺の観光スポット
- 潮見公園・潮見展望台: 博多湾を一望できる絶景スポット。火焔塚へ行く途中に立ち寄るのも良いでしょう。
- 志賀海神社: 海の神様を祀る古社。火焔塚と合わせて参拝するのもおすすめです。
- 金印公園: 志賀島で発見された国宝「金印」を記念した公園。
- 蒙古塚: 元寇で亡くなった蒙古兵を供養するために建てられた塚。火焔塚とは対照的な意味合いを持っていますが、どちらも元寇という歴史を伝える重要な史跡です。
まとめ
火焔塚は、元寇という歴史の激動期に、人々が平和を願い、祈りを捧げた場所です。志賀島を訪れた際には、ぜひ火焔塚にも足を運び、歴史に思いを馳せてみてください。